いつも、西にむかって散歩をする。西に向かうのはわけがあって、湖（というと聞こえがいいから言っているけど、定義としては池寄り）が自宅から向かって西にふたつあるからだ。水辺を歩くのは心身ともに新鮮な気持ちになれてよいので、散歩の先はもっぱら湖になる。

この日は友達が誘ってくれて、まずは東へ、そして南に向かって歩いた。

そうなると、海のそばを歩くことになる。潮っぽい匂いがほとんどしないから、湖も海も見た目はけっこう似ている。違いといったら、湖はすべて端が目視することができ、海はできなということくらいだろうか。

コペンハーゲンは、人工の水が多い。水辺があると、ほとんど必ず、水際まで近づいて歩くことができる遊歩道がある。

水際ぎりぎりを、小柄な犬が飼い主をぐいぐい引っ張って走っている。思わず目で追うと、むこうに海の上をしずかに横切るボートが目に入った。エンジンの音は聞こえず、ただ滑らかに水辺を横切っていく。

そばで友人が、自転車の教習所に通っておりもうすぐ卒業で嬉しいと話している。この友人は、30なかばまで自転車に乗ることなく過ごしていたが、コペンハーゲンに越してきたことをきっかけに、自転車運転講習を春から受けている。わたしの銀色の自転車を奪って、うれしそうにスイーっと遊歩道を漕ぎわたしたちを追い抜いて、誇らしげに振り返ってくる。自転車のカゴには、さっきまで別の水辺で飲んでいたジンの空き瓶と、トニックの空き缶が入っている。夕方の水辺をゆったりと散歩している人たちを早足で抜き去るわたしたち。焚き火をして踊っている人たちもたくさんいて、水辺がやかましいので自然と足早になる。今年の夏は寒いからか、泳いでいる人は誰もいない。トルコ人ふたり、ドイツ人ひとり、そして日本人がひとり、全部で四人。歩く編成が変わると、それぞれ英語、トルコ語、ときどきデンマーク語、そして日本語に切り替わっていそがしい。それぞれつもる話をしながら、水辺を楽しむ人たちを眺めては抜き去る。海にかかる橋を渡ったところに、自転車専用道がある。ここを歩けば近道だからといって、徒歩でその橋を渡ろうと試みる。少し辺鄙な場所だから自転車はほとんどいない。「自転車じゃないから通れないよ」「走れば自転車…」といってみんなで走る。ほかの三人はすぐ諦めて歩き、私だけ走る。血の味がする。夕暮れの歩道橋を渡る。足元には、駅が見える。

友人の腰にたっぷりついた脂肪を掴んで怒られる。めちゃくちゃチャーミングだと思うけどなと伝えたら最近自分もちょっと気に入り始めていると言っていて安心する。ワインのカクテルを飲みに、知り合いが働いているバーに行く。知り合いとはカミーというフランス人の女の子で、二の腕にキリンとカバのキメラみたいな、ちょっと間の抜けた顔をした動物のタトゥを入れている。自分で描いたどうぶつらしい。このバーに初めて遊びにきた日カミーは、グレーのタンクトップに赤いベロアのズボンを履いていて、話しかけるとニカっと笑ってくれてめちゃくちゃかわいかった。この日はヒョウ柄のダウンジャケットを着、大ぶりのリングのピアスをしてタバコをめんどくさそうに吸っていて、もっと尖っていた。日によって印象が違いすぎている。接客も別人のようで振り回される。

初めて訪れたときに飲んだ白ワインのカクテルは、おいしすぎて何杯もおかわりをしてしまった。今日は一杯だけにとどめると心に誓っていたが、すでにそのカクテルはもう売り切れで飲みすぎる心配はなさそうだった。アペロールを使ったカクテルしかないと言われたので、よくわからないまま仕方なく頼む。朱色の透明の液体が、オレンジと氷の入ったワイングラスに注がれたさまがかわいくて喜ぶ。ところが飲んでみると苦くてエグくて味が濃く、飲むほどに目も酔いも冷める味だった。何回も口に運んだがどうしても飲めない。カクテルに入っていたオレンジの切り身だけ食べる。

友達がタバコを買いにいくのについていく。キオスクで "Can we get a cigaret?" と言ってしまって店員にも友達にも笑われた。タバコはバラ売りはしてないから、そういうときは "Can we get cigarets?" と聞かないといけないと教えてもらった。タバコを一本だけ、バラ売りをしてもらうのもかわいいなと思った。
眠すぎて人よりも早くバーを出た。だれかがちぎってわたしにくれた、人の家の前に咲いていた白いバラを嗅ぎながら自転車で帰る。

カゴに入っていたトニックのカンカンはすべて誰かに持ち去られていて（スーパーにもっていくとお金がもらえるから所在のない缶はすぐ誰かに持って行かれる）、何の役にも立たないジンの空き瓶だけ残っていた。自転車が跳ねるたび、ガチャガチャとうるさい。

白いバラは、家に帰ったらなくなっていた。